・映画の要約
『インヘリタンス(Inheritance)』は、2020年公開のアメリカ製スリラー映画。監督はヴォーン・スタイン。名門政治家一家を舞台に、父の死を機にその裏に隠された闇が次々と暴かれていくサスペンス要素の強いドラマだ。裕福な実業家アーチャー・モンローの遺産相続の儀式で、娘ローラは地下の隠しボックスを受け取り、その中に閉じ込められた男・モーガンとの出会いを通じて、ある衝撃の過去と現在を突きつけられていく。家族の絆、権力と秘密、そして信頼の崩壊が交錯するダークな物語である。
・映画の時間
上映時間は 111分。 ウィキペディア
・ネタバレ(起承転結)
起:遺産と秘密の箱
実業家アーチャー・モンローが急死。長年傲然と君臨してきたモンロー家の妻キャサリン、息子ウィリアム、娘ローラらは、父の遺産分配を受ける。ただし、ローラには他の資産とは別に「地下室の箱」が遺され、その鍵が渡される。弁護士ハロルドから「父の秘密が眠る場所」だと告げられたローラは、箱の扉を開けることを決意する。
承:地下の囚人と告白

箱の地下室には、鎖につながれた男モーガン・ワーナーが存在していた。モーガンは「あなたの父アーチャーの友人であり、かつて交通事故で死なせた人物がいる」という告白をはじめる。アーチャーは、モーガンの口を封じ、真実を隠すために地下に閉じ込めていたという。ローラは動揺するものの、モーガンの語る証拠と記憶をたどり、家族の闇に近づく。
転:裏切りと暴露
モーガンはどんどんアーチャーの不正、殺人の隠蔽、裏切りなどを語り始める。キャサリンやウィリアム、モンロー家の政治的立場や権力構造が露呈する。真相を知ったローラはハロルドや母と衝突しながら、モーガンを解放しようと試みる。だが、モーガンがくどくど語る過去の行為、そして彼自身の正体にはさらなるねじれがあった。
結:火と決着
最終決戦ではモーガンとローラの肉弾戦になり、モーガンは「ローラは自分の娘だ」と告げる。キャサリンが拳銃を取り出し、モーガンを撃ち、地下施設を火で包んで証拠を焼き尽くす。ローラとキャサリンは地下を脱出し、燃え広がる施設を背に外へ出る。ローラは家族名を取り戻すとともに、「真実という呪縛」からの解放を暗示させる余韻を残して幕を閉じる。
・この映画と似ている映画
- 『ゴーン・ガール』:家族や夫婦の表と裏、嘘と真実が絡む心理サスペンス
- 『シークレット・ウインドウ』:主人公の心の揺らぎを用いた謎と錯覚の物語
- 『八月の家族たち』:相続や遺産をきっかけに崩れていく家族の深層を描くドラマ
・この映画を見れるサービス
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・総評
『インヘリタンス』は、善悪の境界が崩れた名家の裏側と、登場人物の心理を抉ることを狙ったサスペンス作である。まず印象的なのは、その野心的なプロット構造だ。何層にも重なる謎とネタバレを、観客はローラとともに解読していく。地下施設の陰影、回想の断片、モーガンの告白という語り口――演出面での技巧も悪くない。監督ヴォーン・スタインは、豪邸と地下室という空間を使って、光と闇、人間の心理という対比を丁寧に扱っている。
キャスト陣は、作品を支える十分な底力を持っている。リリー・コリンズは強い意志をもった検事として振る舞いながら、父への複雑な思いを体現する幅を見せている。サイモン・ペッグは“怪異な囚人”モーガン/カーソン役で、狂気と弱さの間を漂う微妙な演技を見せる。キャサリン役のコニー・ニールセンやウィリアム役のチェイス・クロフォードも、物語のドラマと圧力を支える要素として機能している。
ただし、この映画にはいくつか欠点も目立つ。まず、動機の説得力の弱さだ。モーガンの過去の行為やアーチャーの選択について、細部の理屈が十分に積み重ねられていない。観客は、いかに驚きを期待しても、時折「なぜこの人がこう動いたか」が見えづらく引き戻される瞬間を感じる。脚本がクライマックスへの布石を惜しむあまり、展開が急ぎ足になる場面もある。
また、サスペンス作としての緊張の持続力には波がある。前半から中盤にかけての布石や謎提示は興味を引くが、中盤以降の謎解きや対峙の場面で緊張感が落ちる時がある。そのため、どの謎を優先すべきかという構成の選択がやや散漫に感じられる視聴者もいるだろう。
それでもこの映画を評価すべきは、物語の皮肉と裏腹な構造を観客に突きつけようとする意欲である。相続、秘密、家族の裏切りという題材は映像作品でよく扱われるものではあるが、ここではスリラーの衣を着ながらも、「倫理とは何か」「真実は守るべきか暴くべきか」といった根源的問いを投げかける。少なくとも“観終わった後に誰かと議論したくなる”種を残すタイプの映画だ。
結論として、『インヘリタンス』は、できの良し悪しを超えて「観る価値のあるスリラー」である。穴は多いが、その隙間から響く緊張と感情、そして裏切りと赦しの余白は、映画ファンの感性に訴えかける。それを許せるかどうかで評価が分かれるだろうが、私は、その揺らぎを含めてこの作品を面白く感じた。
・スタッフキャスト
- 監督:ヴォーン・スタイン
- 脚本:マシュー・ケネディ
- 製作:リチャード・B・ルイス、デイヴィッド・ウルフ、アリアン・フレイザー ほか
- 撮影:マイケル・メリマン
- 編集:クリスティ・シメック
- 音楽:マーロン・エスピノ
出演
- ローラ・モンロー:リリー・コリンズ
- モーガン/カーソン:サイモン・ペッグ
- キャサリン・モンロー(母):コニー・ニールセン
- ウィリアム・モンロー(兄):チェイス・クロフォード
- アーチャー・モンロー(父):パトリック・ワーバートン
- ハロルド・セウリス:マイケル・ビーチ
- 他:マルク・リチャードソン ほか